光。

鮮やかな光。

あの日々を形容するなら、この言葉しか思い浮かばない。目が眩む程明るく輝く君は僕らを照らし形をくれ、薄く柔らかく光る彼が僕らに色をくれた。

どちらも、かけがえの無い大切な光で。
どちらも、失われてしまった光。



「ねぇ、なんで陽は落ちないし昇りもしないなの?」
「どこに向かっているの?」
「あなたが白ウサギでいいの?」

夕暮れ時の薄暗い森に、幼さの残る高い声が響く。
歩き始めてからずっとこの調子で話しかけ続けている訳だが、よくもまぁ飽きないよねぇ。見てるこっちは面白いからどーでもいいけど。
そんな事を考えながら木の上から高みの見物をしていた。
え?何で木の上にいるのかって?そりゃー俺がチェシャ猫だからさ。.........、意味が分からないっていうのは無しだよ。ここじゃ意味なんて、味もしなきゃ腹も膨れない役立たずなんだから。さっきから喋り続けてるあの子の質問にしたってそうだ。質問の答えはある。でも、それに意味は無い。だから、彼は答えないのかって言われるとそれはちょっと違って...。

「認識さレテいなイんだヨネー」
「きゃあ!?」

突然頭上から現れたチェシャ猫に驚き少女は尻餅をついた。木に足を引っ掛け宙ぶらりんの体勢のまま「大丈夫ー?」などと気遣いの言葉を投げかけるが、それが心からの言葉でないのが見え見えだ。何せチェシャ猫はニヤニヤと小馬鹿にする様な笑みを浮かべているからだ。まぁ小馬鹿にしているのは事実だが、ニヤついた顔はチェシャ猫のデフォルトつまり真顔なわけでどうにか出来るものでもない。しかし、よく知った仲だろうが初対面だろうがムカつく事には変わりないわけで。

「もう!急に出てこないでよ!!寿命が縮んじゃったらどうするのよ、バカ!!!」
「にゃはは〜、ゴメンゴメン。あと、そのパンツは俺ノ趣味じゃなイナぁ。もット清楚な──
「〜っ!?!?」

少女はスカートを抑えすぐさま立ち上がると、右手を振り上げて勢いよく下ろした。

「おっト?」

しかし、虚しくも空を切った。チェシャ猫は軽く身体を捻るだけで避け、そのまま木から下りて着地した。

「動物虐待は良クナいよー」
「...どういう事よ...?」
「何が?」
「だから、認識されてないって」
「んー、あー。君がアリスじゃなイかラダよ」
「私がアリスじゃない?どうして?貴方が私をアリスだって言って連れてきたんじゃない」
「ソウなんだケドぉ、そうジャなくテー...」

正直面倒くさい。
この説明はアリスが来るたびにしている。何の面白みの欠片もない事柄を何度も繰り返すのは、飽きやすいチェシャ猫にとってはイマイチ興が乗らない。歯切れ悪く口籠っていると、白ウサギの姿が随分と小さくなっているのが見えた。

「あー!!ほらホラ、大変ダァ!白ウサギを見失っチャうよ!!?アリスならちゃンと追いカケなくちゃ!」

ワザとらしく、大声を出す。
アリスの背中を押して進むように促すと、何か言いたげな表情でこちらを振り返ったのでチェシャ猫は

「ダメだヨ、振り返っちゃ。前ダケ見テて」

と、囁くようにいった。
まるで、言うことを聞かない子供に言い聞かせるように...。
もう一度、今度は突き放すように背中を押してあげると、今度こそアリスは振り返らずに前へ駆け出した。チェシャ猫は遠ざかる二つの背中に手を振った。

「アリス『に、なりたい』なら...」

ポツリと最後に呟いた言葉は誰に届くこともなく、静かな森に吸い込まれていった。



──さぁ、もう一度。
あの物語の結末を...キミと二人で。